明治22年(1889年)11月9日、三吉神社からの分祀により祠が設立されたのに始まるとされます。この地域は明治14年(1881年)に福岡県人らが報国社を組織して入植し、明治16年(1883年)にその一部が「烈々布」(れつれっぷ)に移住したことで開かれました。「烈々布」はアイヌ語に由来する地名で、後の住所区分では栄町一帯に相当します。明治32年(1899年)に中通り地区と北組地区にそれぞれ祠が設けられ、大正12年(1923年)にこれら2つの祠を合祀して無格社となりました。天照大神・少彦名神・大穴牟遅神・倉稲魂神・埴安姫神・誉田別尊・崇徳天皇・菅原道真公・藤原三吉命の九柱を祀り、「祭神の多さは北海…