巨椋池(おぐらいけ)は宇治川・木津川・桂川の合流によって形成された面積約800ヘクタール(東京ドーム約170個分)の大湖沼で、かつては日本有数の淡水湖だった。平安時代には「宇治川」の広い水面として知られ、「源氏物語」の宇治十帖には宇治川の情景が繰り返し描かれ、貴族が舟遊びや蛍狩り(ほたるがり)を楽しんだ場所として記録されている。豊臣秀吉は文禄3年(1594年)の伏見城(ふしみじょう・指月城)建設にあたって宇治川の流路を付け替え(宇治川の流路変更・指月普請)、巨椋池の水量や形状に変化をもたらした。江戸時代にも農民による周囲の干拓が進んだが、本格的な干拓は昭和8〜16年(1933〜1941年)の国…