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良福寺
京都府
京都市伏見区横大路(よこおおじ)柿ノ本町に位置する真言宗の寺院で…
創建
900
種別
寺院
アクセス
京都府京都市伏見区横大路柿ノ本町35番地
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基本情報
寺院
創建 900
1126年目
宗派
真言宗
概要
京都市伏見区横大路(よこおおじ)柿ノ本町に位置する真言宗の寺院で、かつて日本最大の淡水湖のひとつだった「巨椋池(おぐらいけ)」の旧干拓地・横大路地区に立つ。巨椋池(おぐらいけ)は宇治川・木津川・桂川の合流によって形成された大湿地帯・湖沼で、「源氏物語」の「宇治十帖」にも登場し、平安時代から貴族の舟遊びの場として知られた。豊臣秀吉が文禄3年(1594年)の伏見城築城に際して宇治川の流路を変更(指月普請・じゅけつふしん)したことで変化が生じ、昭和初期(1933〜1941年)に国営干拓事業によって農地に変えられた。良福寺はこの巨椋池の歴史を宿す横大路の地に真言宗の法灯を守る。
由緒
巨椋池(おぐらいけ)は宇治川・木津川・桂川の合流によって形成された面積約800ヘクタール(東京ドーム約170個分)の大湖沼で、かつては日本有数の淡水湖だった。平安時代には「宇治川」の広い水面として知られ、「源氏物語」の宇治十帖には宇治川の情景が繰り返し描かれ、貴族が舟遊びや蛍狩り(ほたるがり)を楽しんだ場所として記録されている。豊臣秀吉は文禄3年(1594年)の伏見城(ふしみじょう・指月城)建設にあたって宇治川の流路を付け替え(宇治川の流路変更・指月普請)、巨椋池の水量や形状に変化をもたらした。江戸時代にも農民による周囲の干拓が進んだが、本格的な干拓は昭和8〜16年(1933〜1941年)の国…
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