承和5年(838年)、滑河城主・小田将治が領内の凶作と疫病に苦しみ祈願したところ、夢告に従って小田川で老僧が救い上げた一寸二分の十一面観音像を授かり、これを胎内仏として円仁(慈覚大師)が一刀三礼で刻んだ尊像を本尊として開山したと伝わる。中世には下総守護・千葉氏の崇敬を受けて栄えた。仁王門は永正年間(1504頃)建立で国指定重要文化財、千鳥破風や蟇股の彫刻が室町期建築の特徴を伝える。観音堂は元禄9年(1696年)に5代将軍徳川綱吉の寄進により再建された堂々たる建築で、桁行七間・梁間七間の大規模な禅宗様建築。境内には円仁の遺徳を偲ぶ古碑や、成田山参詣に向かう旅人の道標も残る。坂東三十三観音第二十八…