社伝によれば、源頼義・源義家父子が前九年の役の戦勝を八幡神に祈願したことにちなみ、寛治7年(1093年)に京都・石清水八幡宮を勧請して八幡原(現・寒河江市若葉町・元町付近)に創建されたと伝わる。鎌倉時代の建久2年(1191年)、寒河江に入部した大江親広が鎌倉・鶴岡八幡宮から改めて分霊を勧請し、八幡原の八幡社と合祀して現在地に社殿を創建、大江氏(寒河江氏)の産土神とした。谷地八幡宮・溝延八幡神社とともに「寒河江荘三八幡」と称され、武家の崇敬を集めた。大江氏は天正12年(1583年)に最上義光に滅ぼされたが、義光もまた敬神の念篤く、文禄年間より黒印地を与え、江戸時代には幕府直轄の御朱印地となった。