寺伝によれば推古天皇15年(607年)、聖徳太子が自刻の聖観音像を竜ヶ峰に安置したのが始まりとされる。大同年間(806-810年)に法相宗の高僧・徳一上人が山の中腹に移して観音堂を建立し、清滝寺の寺号を定めたと伝わる。徳一は会津の慧日寺・筑波山中禅寺など東国に多くの寺院を開き、最澄と教学論争(三一権実論争)を交わしたことで知られる。中世には平氏・源氏の崇敬を受け、江戸時代には幕府より朱印状を賜って隆盛したが、昭和44年(1969年)の不審火で本堂を焼失。現在の本堂は仮堂として再建中。天保年間(1830-44年)建立の山門が往時を伝える。坂東三十三観音第二十六番札所「清瀧観音」として、筑波山系南…