石人山古墳は福岡県八女郡広川町大字一條に所在する前方後円墳で、国史跡「八女古墳群」を構成する一基。5世紀前半から中頃、八女地方でもっとも早い時期に築かれた前方後円墳とされ、墳丘主軸の長さは資料により107メートル前後(120メートル前後とする資料もある)。後円部中央には緑泥片岩を平石積みにした古式の横穴式石室があり、内部に横口式組合式家形石棺を安置する。石棺の蓋には直弧文・重圏文が浮き彫りにされ丹(朱)で彩色され、日本最古級の装飾古墳の一つに数えられる。石室前には阿蘇溶結凝灰岩製の武装石人が石室に背を向けて立ち、三角板短甲と草摺を身にまとった姿が古墳名の由来となった。この武装石人は1976年に国の重要文化財(美術工芸品)に指定されている。被葬者は、後に岩戸山古墳に葬られた筑紫君磐井の祖父にあたる人物と推定される。