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富士山本宮浅間大社
富士山本宮浅間大社
静岡県
創建
806
種別
神社
アクセス
JR富士宮駅から徒歩10分
静岡県富士宮市宮町1-1
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基本情報
神社
創建 806
1220年目
御祭神・御本尊
木花之佐久夜毘売命
ご利益
安産・子授け
厄除け・災難除け
五穀豊穣
安産祈願・子授け・子育て守護。神功皇后や木花咲耶姫命、水天宮・鬼子母神などに由来。
御祭神「木花之佐久夜毘売命」のご神徳に由来
概要
全国約1300社の浅間神社の総本社で、富士山8合目以上を境内地とする駿河国一宮。木花之佐久夜毘売命を主祭神とし、富士山の噴火鎮護を祈願して創建された。社殿は慶長9年(1604年)に徳川家康が造営し、本殿・幣殿・拝殿は国の重要文化財。境内の湧玉池は富士山の雪解け水が湧き出す特別天然記念物で、富士山世界文化遺産の構成資産。毎年11月の「流鏑馬祭り」など多彩な神事が執り行われ、全国から多くの参拝者が訪れる。
由緒
富士山本宮浅間大社の創建時期は定かではないが、大山祇神の娘・木花之佐久夜毘売命を祭神として、富士山の噴火鎮護を目的に創建されたと伝わる。社伝によれば、崇神天皇の御代に山足の地に祀られ、のちに垂仁天皇の御代に現在地へ遷座されたとされる。文献上の確実な初見は平城天皇の大同元年(806年)で、坂上田村麻呂が東国遠征の途次に現在地へ社殿を造営したと伝わる。平安時代の延喜式(927年)では名神大社に列せられ、駿河国一宮として広く崇敬を集めた。中世には源頼朝が富士の巻狩り(1193年)に際して参詣し社領を寄進、その後も多くの武家が富士信仰を篤く崇敬した。戦国期には武田信玄・勝頼父子が崇敬し、社領を寄進した…
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徳川家康とのつながり
徳川家康は関ヶ原の戦勝祈願として浅間大社を崇敬し、慶長9年(1604年)に現在の社殿を造営・奉納した。本殿・幣殿・拝殿の三棟は家康自らが指示した「浅間造」の特異な様式で、上下二層の本殿は全国でも類を見ない構造を持つ。家康の造営により国の重要文化財として現代まで伝わる社殿群が完成し、富士山信仰の中心としての格式を不動のものにした。
konohanasakuya-himeとのつながり
木花之佐久夜毘売命は『古事記』『日本書紀』に記される山と桜の女神で、大山祇神の娘・天孫瓊瓊杵尊の妃。一夜にして妊娠した我が子の身の証しを立てるため、産屋に火を放ちその中で出産したという伝承を持つ。火中出産の故事から「火山鎮護」の神格を持ち、富士山の噴火鎮護を祈願する御祭神として平安時代以降全国の浅間神社に祀られるようになった。
源頼朝とのつながり
源頼朝は富士の巻狩り(建久4年・1193年)に際して浅間大社へ参詣し、戦勝・武運の祈願を行った。富士裾野で行われた巻狩りは関東武士団を結集する一大儀式であり、その出発点として浅間大社の位置づけは重要だった。頼朝は社領を寄進し、鎌倉幕府の宗教政策において富士信仰を中核に据えた。

ゆかりの人物
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富士山頂上奥宮
富士山頂上に鎮座する浅間大社の奥宮。富士登山の頂上に位置する世界遺産構成資産。
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湧玉池
境内にある特別天然記念物の湧水池。富士山の雪解け水が湧き出る。世界遺産構成資産。
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