浄土真宗が和泉国(現・大阪府南部)に広まったのは、親鸞聖人(1173〜1263年)の高弟たちが各地で布教活動を展開した鎌倉時代以降のことである。堺は中世より自由都市として商人たちが自治を担う文化を育み、寺院を護持する町衆信仰が根付いた。天正11年(1583年)の豊臣秀吉による堺支配後も民衆の信仰は絶えず、慶長7年(1602年)の本願寺東西分立後は西本願寺(本願寺派)に帰属した。以来、平井村の菩提寺として年忌法要や葬送儀礼を担い続け、明治以降の廃仏毀釈の波にも耐えながら法灯を守り、地域の人々に阿弥陀仏への他力信仰の場を提供してきた。