天平12年(740)、行基菩薩が聖武天皇の勅命により光明皇后の病気平癒を祈願してこの地に草庵を結んだのが起源と伝わります。真言宗智山派の寺院で、山号は宝珠山。弘安年間(1278〜1288)に願行上人(憲静)が行基の草庵を再興し、寛正元年(1460)には法統を継ぐ宥鎮が再々興しました。江戸時代に入ると幕府との結びつきを深め、元和8年(1622)には2代将軍徳川秀忠が日光社参の御膳所(休憩所)として指定。以後、歴代将軍が日光御成道を通る際に立ち寄る格式ある寺となりました。天保の大火や嘉永5年(1852)の川口大火で堂宇が焼失するなど試練も多く、安政2年(1855)には徳川家定より品川御殿を下賜され…