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現代相撲に続く「式守家」の祖——寛政3年(1791年)に将軍家斉の上覧相撲11番を裁いた初代式守伊之助が故郷・南伊豆に眠る
伊豆急行線「伊豆急下田駅」からバスで約35分
静岡県賀茂郡南伊豆町小稲
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静岡県賀茂郡南伊豆町小稲に所在する、江戸相撲の行司名門「**式守家**」の始祖・初代式守伊之助(1743〜1823年)の墓所。
式守伊之助は現代大相撲に至るまで脈々と続く**立行司の格式ある家号**で、木村庄之助と並ぶ行司界の二大宗家の一方を担う。その礎を築いたのが南伊豆の地に生まれた谷伊之助(後の初代式守伊之助)だった。
明和4年(1767年)に「式守伊之助」の名跡を初めて起こし、安永3年(1774年)に木村庄之助に次ぐ**立行司(副立行司)**の地位を得た。寛政3年(1791年)には第11代将軍・**徳川家斉の上覧相撲**(将軍が直接観覧する奉納相撲)で**11番の取組を1人で裁く**という大役を務め、高く評価された。寛政5年(1793年)の引退後は相撲に関する著作「相撲隠雲解」を著して後進の育成にも尽力した。享年80(または79)。
南伊豆は伊豆急下田駅からバスで約35分の南端…
初代式守伊之助(本名:谷伊之助、俳号:式守蝸牛)は寛保3年(1743年)、伊豆国賀茂郡南伊豆小稲(現・静岡県賀茂郡南伊豆町小稲)に生まれた。幼少期から相撲を志したが体格に恵まれず、初代伊勢ノ海のもとで**行司(審判)**の道を歩み始めた。
明和4年3月(1767年)に「**式守伊之助**」の名跡を初めて名乗り、江戸相撲の行司界に新たな家号(式守家)を打ち立てた。それ以前の行司は複数の家系が乱立していたが、初代伊之助が「式守家」を確立したことで、**木村家**(木村庄之助を宗家とする)と二分する形で行司界の二大名門が成立した。この二家体制は明治・大正・昭和を経て現代の日本相撲協会に至るまで維持…
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