下部温泉の熊野神社は創建年代が明らかではないが、熊野信仰が全国に広まった平安末期から鎌倉時代にかけて勧請されたと伝わる。熊野三山への信仰は修験道と結びつきながら甲斐国にも浸透しており、身延山麓の山岳信仰と温泉信仰が融合する形で当社が成立したとされる。中世には武田氏の支配下に置かれた甲斐国において、下部温泉は湯治の地として利用されたとみられる。とりわけ戦国時代、武田信玄が川中島合戦(1553〜1564年)で負傷した際にこの温泉で傷を癒したという伝説が広く知られ、「信玄の隠し湯」として温泉地の格式を高めた。近世以降は湯治客の守護神として地域住民・湯治客双方から篤く崇敬され、富士川沿いの静かな山峡に…