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信玄堤
信玄堤
山梨県
創建
1560
種別
史跡
アクセス
JR竜王駅から徒歩約20分
山梨県甲斐市龍地
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基本情報
史跡
創建 1560
466年目
概要
甲斐市龍地・竜王に位置する戦国時代の治水遺産。武田信玄が釜無川(現在の富士川上流)の洪水対策として築いた河川改修工事の遺構で、国の史跡に指定されている。高岩・将棋頭・雁堤など複合的な治水構造が組み合わさった当時の最先端技術を示す土木工事であり、現在もその構造が研究されている。甲斐国の農業・経済発展を支えた信玄の治水の知恵が今に伝わる。近くに信玄堤公園があり、散策と史跡見学が楽しめる。春は桜の名所としても賑わい、地域住民の憩いの場となっている甲斐市を代表する史跡。
由緒
信玄堤は、戦国時代の武将・武田信玄が16世紀中頃から築いた釜無川(現・富士川上流)の治水施設である。甲斐国は笛吹川・釜無川・御勅使川などが合流する低湿地帯で、たびたび洪水被害に悩まされてきた。信玄は1550年代から大規模な河川改修に着手したとされ、1560年頃までに将棋頭・高岩・雁堤などを組み合わせた複合的な治水構造を完成させたと伝わる。洪水の流れを分散・減勢させるこの工法は当時の土木技術の粋を集めたものであり、後世の治水工学にも多大な影響を与えた。江戸時代以降も堤の維持・補修が継続され、甲斐の農業生産と経済を支え続けた。明治以降は近代的な河川工事が進むなかでも構造の一部が残存し、1934年(…
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武田信玄とのつながり
信玄堤は武田信玄が永禄年間(1558〜70年頃)に命じて整備した釜無川の治水工事の遺構。高岩・将棋頭・聖牛・雁堤などを組み合わせた複合的な治水システムは、川の流れを分散させて洪水を防ぐ高度な工学的発想に基づく。軍事だけでなく農業振興にも注力した信玄の治世者としての側面を象徴する遺産であり、「武田信玄は戦いよりも治水で国を豊かにした」という評価の根拠となっている。

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