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白河関跡
白河関跡
福島県
創建
800
種別
史跡
アクセス
JR白河駅からバスで約35分
福島県白河市旗宿関ノ森120
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基本情報
史跡
創建 800
1226年目

この地で詠まれた句
1

西か東かまづ早苗にも風の音
松尾芭蕉 1689年
季語
早苗(夏)
奥の細道、白河の関を越えて。
白河の関を越え、みちのくに足を踏み入れた芭蕉が最初に詠んだとされる句。東西の風が早苗を吹き分ける情景。
概要
白河市旗宿の山中に位置する、古代東山道の関門遺跡。奥州三古関(白河関・勿来関・念珠関)の一つに数えられ、古代律令国家が蝦夷の南下を防ぐために設置した軍事的・政治的要衝。和歌の名所「歌枕」として、能因法師・西行・源義家など多くの歌人に詠まれ、松尾芭蕉も『奥の細道』で「心もとなき日かず重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ」と記した歴史的地。昭和34年(1959年)の発掘調査により、関守の役所と思われる柱穴群・空堀・土塁が発見され、平安時代には実在した関の跡として国の史跡に指定された。境内には白河神社が鎮座し、古代から中世の関の雰囲気を今に伝える。
由緒
白河関は、古代律令国家が東北地方(陸奥国)への入口に設けた関所で、7世紀後半から8世紀初頭頃に成立したとされる。東山道における最重要の軍事・行政上の関門として機能し、奥州三古関(白河関・勿来関・念珠関)の一に数えられる。平安時代には蝦夷の南下を防ぐ要衝としての役割を担い、関守が置かれていたと伝わる。都から遠く離れた「陸奥の入口」として和歌の名所「歌枕」にも数えられ、能因法師・源義家・西行らが詩歌に詠んだ。元禄2年(1689年)、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅でこの地を通過し、「白河の関にかかりて旅心定まりぬ」と記した。中世以降、関としての機能は次第に失われ、長く所在地も定かでなかった。昭和34年(…
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