西山浄土宗は鎌倉時代初期、法然上人の高弟・証空上人(1177〜1247年)が「西山義」と呼ばれる独自の念仏教学を確立したことに始まる。証空は法然の教えをさらに深め、念仏の意味を追究し、京都・光明寺(粟生)を総本山として宗派を体系化した。河内・摂津地域には中世以来、西山浄土宗の念仏道場が各地に開かれており、須弥寺もその流れをくむ寺院として交野の地に根付いたと伝わる。長きにわたり地域の菩提寺として先祖供養や念仏法要を担い、近世以降は幕府の寺社制度のもとで組織化され、今日まで宗派の信仰と伝統を守り続けている。