義民・佐倉宗吾(木内惣五郎)を祀る真言宗の寺院。
承応元年(1652年)、佐倉藩の重税に苦しむ農民のために将軍に直訴した佐倉宗吾を顕彰する。
宗吾は直訴の罪で処刑されたが、その義挙は民衆の英雄として語り継がれた。
境内には宗吾の御霊を祀る霊堂があり、義民信仰の中心地となっている。
仁王門は堂々たる構えで、参拝者を荘厳な雰囲気で迎える。
毎年の宗吾祭は盛大に行われ、宗吾の遺徳を偲ぶ人々が集まる。
境内は紫陽花の名所としても知られ、6月には約7000株が咲き誇る。
歌舞伎・浄瑠璃の演目「佐倉義民伝」の舞台としても有名。
宗吾の物語は日本の義民伝説の中でも最も有名なものの一つ。
成田市に位置し、成田山新勝寺と合わせて訪れる参拝者も多い。
寺の創建は鳴鳳山東勝寺として古くから存在したが、宗吾信仰で広く知られるようになった。
承応2年(1653年)、佐倉藩の過酷な年貢に苦しむ農民の代表として木内惣五郎が四代将軍家綱に直訴。
直訴は成功し年貢は軽減されたが、惣五郎は直訴の罪で処刑された。
惣五郎と家族の悲劇は民衆の同情を集め、「佐倉宗吾」として義民に祀り上げられた。
東勝寺に宗吾の御霊が祀られ、「宗吾霊堂」として信仰の中心となった。
江戸時代後期には歌舞伎「東山桜荘子」として舞台化され、全国的に有名になった。
宗吾は日本の義民の代表格として、各地に顕彰碑が建てられている。
明治以降も義民信仰は衰えず、庶民の守護神として崇敬され続けた…