寛平年間(889〜898年)に創建されたと伝わる古社で、主祭神は応神天皇。創建の詳細は不明な点が多いが、平安時代中期にはすでに上荻の地に鎮座していたとされる。平安時代後期の1051年(永承6年)、源頼義が前九年の役への出陣にあたり当社に戦勝祈願をしたと伝わり、境内のシイの大木の下で休息したとも伝えられる。室町時代には武将の太田道灌がこの地に陣を張ったとされ、境内のシイの木は「道灌槇」とも呼ばれるようになった。近世には徳川幕府の支配下において武蔵国内の社として維持され、近隣村落の鎮守として崇敬を集めた。明治時代に入ると神仏分離令の影響を受けつつも社格を整え、荻窪地域の産土神としての地位を保ち続け…