創建年は不詳だが、山号が醍醐寺(山城国)に由来することや「醍醐塚」の地名が残ることから千年を超える歴史が伝わり、当初は醍醐山龍源寺と称する真言宗寺院であったとみられる。天正12年(1584年)4月、小牧・長久手の戦いへ向かう徳川家康が当寺の阿弥陀堂で休憩。村の名が「勝川(かつがわ)」と聞いた家康が「勝利の縁起よし」と喜び、以後地名が定着したと伝わる。慶安4年(1651年)に名古屋の宝林寺の弟子・宗悦が荒廃した寺を再建し、寛文3年(1663年)に「龍源山太清寺」と改称して臨済宗妙心寺派に帰属。境内には大般若経600巻、法華経8巻などの経典と、兜塚・薬師堂が残る。