田主丸大塚古墳は、福岡県久留米市田主丸町石垣に所在する前方後円墳で、耳納山地北麓の台地上に築かれている。墳丘全長103メートル、後円部直径60メートルを測り、後円部西側には造出(つくりだし)を伴う。墳丘の形状や周辺の調査成果から6世紀後半から末にかけての築造と推定され、築造当時は九州最大級の規模を誇ったと考えられている。江戸時代の久留米藩儒学者・矢野一貞の著書『筑後将士軍談』には「当国第一の大塚」と記され、古くからその威容が知られていた。後円部西側のくびれ部付近には横穴式石室が構築されているが内部は未調査で、周辺の装飾古墳群の例から壁画の存在が推測されている。寺徳古墳・中原狐塚古墳・西館古墳とともに国史跡「田主丸古墳群」を構成し、2002年に国の史跡に指定された。現在は大塚古墳歴史公園として整備・公開されている。