天文元年(1532年)、新義真言宗天縛山蓮乗院持ちとして創建され、帝釈天を祭神・本地十一面観音と牛頭天王を祀る「天縛明神社」として小山村の鎮守となった。「天縛皇」の名は天白信仰に由来すると考えられる。明治初期の神仏分離令を受けて「天縛皇神社」と改称し、祭神を帝釈天から伊邪那岐命・伊邪那美命に改めた。明治42年(1909年)10月26日、宮上の地にあった足穂神社(かつての神明社・熊野社・山王社の合祀社)から天照皇大神・神呂岐命・大山咋命を遷座合祀した。神社を挟む東西の地が「宮下」「宮上」と呼ばれるようになったのはこの社の存在に由来し、昭和48年(1973年)に現社殿が新築されて現在に至る。