文明10年(1478)、太田道灌の伯父にあたる専阿源照を開山として創建されたと伝わる浄土宗の古刹。山号を至登山、院号を遍照院という。天正19年(1591)、徳川家康が越谷宿を訪れた際に寺領15石の朱印状を授け、以後は歴代将軍の鷹狩りの折の立ち寄り所となった。4世住職の城誉は正親町天皇の第三皇子と伝えられ、寺には十六葉菊花紋の使用が許された。江戸時代には近隣五か寺の触頭(ふれがしら)に指定され、越ヶ谷町の住民は浄土宗の門徒となって同寺の檀家となることが定められた「一町一寺」の特権を持つ格式高い寺であった。天保14年(1843)の記録では町内全542軒・2565人が檀徒として記されている。市指定文…