天河大弁財天社は、飛鳥時代の650年頃、役行者(役小角)が大峯を開山した際に創建したと伝わる。吉野・熊野と並ぶ修験道の聖地・天川に鎮座し、古くから水の神・芸能の神として信仰を集めた。672年の壬申の乱に勝利した天武天皇が、当社に感謝の奉幣を行ったとの記録が残り、王権との深い関わりが窺える。中世には修験者や貴族の崇敬を受け、室町時代には能楽の祖・観阿弥がこの地で初めて能を演じたと伝わる。近世には大峯山信仰の隆盛とともに社運も栄え、全国の芸術家・文人からの参詣が続いた。近代以降も日本三大弁財天の一社として広く知られ、独特の五十鈴と「呼ばれた人だけが辿り着ける」という神秘的な言い伝えが受け継がれてい…