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天満宮(淀)
京都府
京都市伏見区淀(よど)新町に位置する天満宮で…
創建
1000
種別
神社
アクセス
京都府京都市伏見区淀新町75番地
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基本情報
神社
創建 1000
1026年目
御祭神・御本尊
概要
京都市伏見区淀(よど)新町に位置する天満宮で、学問の神・菅原道真(すがわらのみちざね・845〜903年)を祀る。淀(よど)は宇治川・木津川・桂川の3河川が合流する淀川(よどがわ)の起点で、古来から水運・交通の要衝として栄えた。豊臣秀吉の側室・淀君(よどぎみ・淀殿・1569〜1615年)が築いた「淀城(よどじょう・1594年完成)」の跡地に現在の京都競馬場(京阪淀駅前)が立ち、かつての城下町「淀」の地名にその名を残す。淀天満宮は淀の産土神として、この水運の要衝・城下町の守護神として崇敬されてきた古社。
由緒
淀(よど)は現在の京都市伏見区の南部に位置し、宇治川・木津川・桂川の合流点(現在は宇治川・木津川合流後「淀川」となる)として古代から重要な水運の拠点だった。平安時代には「淀の渡し(よどのわたし)」が設けられ、京都と摂津・大阪を結ぶ水上交通の要所として機能した。豊臣秀吉(とよとみひでよし)の側室・淀君(よどぎみ・浅井長政の娘・茶々(ちゃちゃ)、1569〜1615年)は秀吉との間に豊臣秀頼(とよとみひでより)を産み、秀吉没後は秀頼の後見として大坂城で実権を握った。淀君は母・お市の方が柴田勝家と共に滅び、伯父・織田信長が本能寺で死んだ悲劇的な生涯を送った人物で、最後は大坂の陣(1615年)で秀頼と共…
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ご利益
学問成就
芸能・技芸上達
受験合格・学業成就・論文執筆・書道上達。天神信仰(菅原道真公)ゆかりの天満宮に多い。
御祭神「菅原道真」のご神徳に由来
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