会津藩初代藩主・保科正之を主神として祀る神社。正之は寛文11年(1671年)に吉川惟足から神号「土津(はにつ)霊神」を授けられ、寛文12年(1673年)に没した。遺言によって磐梯山麓・見祢山に埋葬され、延宝3年(1675年)に現地に社殿が造営された。当初、幕府は大名の神格化を厳しく制限していたため藩は事実を秘していたが、天和元年(1681年)に発覚し問題となった。江戸後期も幕府から祭礼の制限を受け続けた。慶応4年(1868年)の戊辰戦争では母成峠の戦いで会津藩が敗れた後に社殿が焼失、御神体は斗南藩へ遷座された。廃藩後の明治7年(1874年)から再建工事が始まり、明治13年(1880年)に現在の…