妻籠宿は中山道42番目の宿場として、江戸幕府が街道整備を進めた1601年(慶長6年)頃に成立したとされる。中山道は江戸と京都を結ぶ重要な幹線であり、妻籠はその木曽路の要所として多くの旅人・参勤交代の大名行列が往来した。江戸時代を通じて旅籠や商家が軒を連ね、宿場町として繁栄を続けた。明治時代以降、鉄道の開通により中山道の交通上の役割が低下し、宿場としての機能は衰退した。しかし1960年代後半から住民主導による町並み保存運動が始まり、1971年(昭和46年)には「売らない・貸さない・壊さない」の三原則を定めた保存協定が締結された。この取り組みは日本における歴史的町並み保存の先駆けとして広く評価され…