嬬恋村に鎮座する熊野神社で、日本武尊の「吾妻はや」伝説の地に関わる古社。
日本武尊が東征の帰路、亡き妻・弟橘媛を偲んで「あづまはや」と嘆いた故事に由来する。
嬬恋の地名もこの伝説に由来し、夫婦円満・恋愛成就のパワースポットとして注目される。
浅間山の麓に位置し、雄大な浅間山を背景にした社殿は神々しい雰囲気に包まれる。
境内には日本武尊と弟橘媛の愛を象徴する夫婦岩があり、縁結びの名所。
夏はキャベツ畑の緑と浅間山の絶景、冬は雪景色と、四季の表情が豊か。
標高約1000mの高原に位置するため、夏でも涼しく避暑地としての参拝が快適。
嬬恋村のキャベツ収穫祭の際には五穀豊穣の感謝祭も併せて行われる。
近年は「恋人の聖地」として観光プロモーションが行われ、カップルの参拝が増加中。
浅間山と愛の伝説が織りなす、ロマンチックな群馬の隠れたパワースポットである。
創建年代は不詳であるが、日本武尊東征伝説との関連から古代にまで遡る可能性がある。
日本武尊が碓日坂で亡き妻を偲び「あづまはや」と嘆じたという古事記の記述が根拠となる。
平安時代には熊野信仰の広まりと共に、紀伊の熊野三山から勧請されたと考えられる。
中世には吾妻地方の領主たちの崇敬を受け、社殿が整備された。
戦国時代には真田氏の勢力圏にあり、真田の武将たちも参拝したと伝わる。
江戸時代には浅間山信仰と結びつき、浅間山の噴火鎮静を祈る場としても機能した。
天明3年(1783年)の浅間山大噴火では甚大な被害を受けたが、地域住民の手で再建された。
明治維新後は村社として地域の鎮守の役割を果たし続けた。…