御影の地に鎮座する綱敷天満神社は、天神山に天穂日命と別雷大神を祀ったことに起源を持つ古社。聖徳太子が当地で良質な御影石の採掘に感謝して倉稲魂神を加祀したと伝わり、延喜式内社「河内國魂神社」の論社にも比定される。社名の由来は、昌泰4年(901)に菅原道真が大宰府へ左遷される途中に当地へ立ち寄った際、地の人々が石の上に綱を円座の形に敷いてもてなしたことによる。道真は讃岐守赴任時と左遷時の2度この地を訪れたと伝えられ、没後に道真の九世孫・菅原善輝が太宰府赴任の途中に当社を参拝し、この故事をもって「綱敷天満宮」と社名を定め社殿を建立した。現在も「御影の天神さん」として学問・厄除けの神として広く崇敬を集…