亘理要害の起源は中世にさかのぼり、亘理郡を治めた土豪の居館が前身とされる。関ヶ原の戦い後の1602年(慶長7年)、伊達成実が亘理一万八千石の地に入封してこの要害を居城とし、以来亘理伊達家代々の拠点として城下町が整備された。江戸時代を通じて仙台藩二十一要害の一つに数えられ、要衝の地として重視された。明治維新後に廃城となり、1870〜80年代に城郭建造物は解体されたが、土塁・濠の一部は現在も残る。その後、跡地には伊達成実を祭神とする亘理神社が建立され、隣接する亘理町立郷土資料館では城跡の遺構や亘理伊達家の歴史を詳しく学ぶことができる。