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山中城
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山中城
創建
1560
種別
アクセス
JR三島駅からバス約30分
静岡県三島市山中新田
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基本情報
創建 1560
466年目
概要
北条氏政が永禄3年(1560年)頃から築いた箱根山中の山城。天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原攻めに際して激戦の舞台となり、後北条氏が半日で落城した。障子堀・畝堀などの巧緻な遺構が良好な状態で残る国指定史跡で、日本屈指の城郭遺跡として学術的価値が高い。箱根の山岳景観の中で戦国時代の築城技術を体感できる史跡公園として多くの訪問者が訪れる静岡東部の名所。
由緒
山中城は、永禄3年(1560年)頃に後北条氏の第4代当主・北条氏政によって築城が開始されたとされる山城である。箱根山中の標高580メートル前後の尾根上に位置し、東海道を押さえる軍事的要衝として機能した。天正年間には拡張・整備が重ねられ、障子堀・畝堀と呼ばれる後北条氏独自の土塁・堀技術が駆使された。天正18年(1590年)3月、豊臣秀吉による小田原征伐が始まると、山中城は豊臣方の大軍(数万とも伝わる)の前衛攻撃を受けた。守将・松田康長らが籠城して抵抗したが、兵力差は圧倒的であり、わずか半日ほどで落城したとされる。この戦いで後北条氏の関東支配は事実上崩壊へと向かった。江戸時代以降は廃城となり、長ら…
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北条早雲とのつながり
山中城は後北条氏の城だが、その礎を築いた北条早雲の伊豆・相模支配なくして存在し得なかった城である。早雲が伊豆を掌握したことで後北条氏の関東支配が始まり、山中城はその防衛網の最西端を担う重要拠点となった。

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