『日本書紀』巻第七・景行天皇18年の記述に「水沼の県主猿大海が『この地に女神あり、名を八女津媛といい、常に山中に在す』と奏上したことで八女国の名が起こった」とある。当社はその女神・八女津媛神を祀るために養老3年(719年)3月に創建されたと伝わり、地名「八女」の発祥の地として1300年以上の信仰の歴史を持つ。中世には「六所権現」「岩屋権現」と称されて修験道の行場として機能し、神仏混淆の篤い信仰を集めた。天正10年(1582年)に栗原式部少輔源朝臣親直により再興され、明治6年(1873年)に郷社に列格した。社殿は高さ約7.6メートル・幅約30メートルの巨大な神窟(岩屋)の下に鎮座し、神窟から絶え…