大隅半島東岸、大崎町横瀬の海に近い地に築かれた前方後円墳で、前方部を南西方に向ける。墳丘長は約137m、周濠を含めた総長は160mに達し、鹿児島県内では唐仁大塚古墳に次ぐ第2位の規模。後円部直径80m、前方部最大幅88m。5世紀中葉から後半(古墳時代中期)の築造と推定される。沿岸部に築かれた「海浜型前方後円墳」として、ヤマト王権と南西諸島・朝鮮半島との交流を物語る古墳とされる。埋葬施設は竪穴式石室で、現在は後円部墳頂に露出している。円筒埴輪・形象埴輪のほか、加耶系陶質土器や陶邑産須恵器も出土しており、国内外との交流を示す資料として注目される。1943年(昭和18年)9月8日に国史跡に指定された。