山口県下関市豊浦町に鎮座する吉永八幡宮。主祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后の八幡三神で、武運・厄除けの神として古くから地域の崇敬を集めてきた。かつては吹野川沿いの低地に鎮座していたが、文化2〜3年(1805〜1806年)頃に現在地へ遷座し、阿川毛利家御用大工・藤井武右衛門が手がけた精緻な彫刻の社殿が評判を呼んだ。境内には山口県指定有形文化財の「金銅薬師如来坐像懸仏」が伝わり、鎌倉時代に豊前の修験霊地・英彦山からもたらされたと記録される貴重な遺品を今に伝えている。素盞嗚命・諏訪大明神・高良大明神も合祀され、武勇・縁結び・農業など多方面のご利益を持つ鎮守として、豊浦の人々の暮らしを見守り続けている。
伝承によれば、文治元年(1185年)壇ノ浦の合戦で源氏が勝利した後、源範頼がこの地を治める守護となった際に鎌倉・鶴岡八幡宮より勧請したのが始まりとされる。創建当初は吹野川に近い低地に鎮座しており、長く地域の氏神として信仰を集めてきた。文化2〜3年(1805〜1806年)頃に現在地に遷座し、阿川毛利家の御用大工・藤井武右衛門によって精緻な彫刻を施した社殿が建立された。その腕前を讃える地元の俳句も残されており、当時から広く評判になったことが伝わる。境内には八幡宮としては珍しい薬師如来の懸仏(山口県指定有形文化財・鎌倉時代)が保存されており、豊前の修験霊地・英彦山からこの宮にもたらされたと記録され、…