大同2年(807年)、天台宗の僧・円仁(慈覚大師)が諸国巡錫の途上、傷ついた白鷺が湯に浸かって癒える様子を目にし、湯郷の湯を発見したと伝わる。この故事から「鷺の湯」の別名が生まれた。中世には出雲街道沿いの要地に位置したことから旅人の往来が続いたとされ、近世・江戸時代には山陽と山陰を結ぶ出雲街道の宿場町として大いに発展し、湯治客や旅人で賑わう温泉街が形成された。明治以降は交通網の整備とともに近代的な温泉地として再整備が進み、多くの旅館が軒を連ねる観光地へと発展した。昭和・平成期には女子サッカークラブ「岡山湯郷Belle」の拠点となったことでスポーツ合宿地としての知名度が全国に広まり、現代において…