交通
大阪メトロ中津駅より徒歩5分、阪急中津駅より徒歩7分
概要
位于大阪市北区丰崎的净土宗古刹,山号为清净琉璃山。据传天平19年(747年),由行基受圣武天皇之敕愿而开创,初名"平生寺"。天治元年(1124年),融通念佛宗祖师良忍上人进行中兴,成为念佛宗一派的本山。建永元年(1206年),法然上人在参拜四天王寺途中,感叹于这座古刹的荒废,遂致力于其再兴。其间,法然亲笔撰写了"源をはづねてぞ知るこの寺の 光あまねき法のともしび"一诗,寺院以其诗意改名为"源光寺",并改宗为净土宗。文政3年(1820年)的火灾烧毁了堂宇和敕额,但本尊阿弥陀如来像幸免于难。现存的堂宇为文久元年(1861年)重建。作为与行基、良忍、法然等日本佛教史上屈指可数的三位高僧有缘的摄津屈指的古刹而闻名。距大阪地铁中津站步行5分钟。
🚶 行基
天平19年(747年)、聖武天皇の勅願寺として行基が開創し、当初「平生寺」と号したと伝わる。行基は橋梁・溜池・布施屋(救済施設)を各地に設けながら民衆教化にあたった奈良時代の名僧であり、東大寺大仏造営の勧進にも尽力した。摂津国での行基の事績は池田・箕面・河内の各地に残るが、梅田からほど近い豊崎の地に行基開創の古刹があることは、古代の難波津から北摂・河内へと伸びた行基の布教ネットワークを物語る。
🎵 良忍
天治元年(1124年)、融通念仏宗の祖・良忍上人が当時荒廃していた平生寺を中興し、念仏宗の一派を興した。良忍は比叡山で天台を学んだ後、大原に隠棲して声明(仏教音楽)を大成、続いて「一人の念仏は多くの人の念仏に通じ、多くの人の念仏は一人の念仏を成就する」という融通念仏の教えを確立した人物。晩年には摂津国で布教に努め、豊崎の源光寺を再興したことは摂津における融通念仏運動の重要な拠点となった。
🙏 法然
建永元年(1206年)、法然上人は四天王寺参詣の折に荒廃していた当寺を嘆き、再興に尽力した。その際、自ら「源をはづねてぞ知るこの寺の 光あまねき法のともしび」と詠んだ歌に因み寺号を「源光寺」と改め、浄土宗に改宗させた。法然は専修念仏を唱え日本浄土教を大成した宗祖であり、摂津国では四天王寺との関連で多くの寺院と縁を持つが、源光寺は法然自らが再興し命名した希有な寺院として、浄土宗史においても重要な位置を占める。
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