大永元年(1521年)生まれ。蘆名氏第16代当主。天文10年(1541年)に父・盛舜から家督を継承し、伊達稙宗の娘を正室に迎える政略結婚により同盟関係を築きながら、会津から北越後にまで及ぶ領国を拡大し「蘆名家中興の祖」と称された。永禄4年(1561年)、家督を嫡男・盛興に譲って隠居するが、同年、会津盆地南端の岩崎山に隠居城の築城を開始。8年の歳月をかけ永禄11年(1568年)に日本最大級の山城・向羽黒山城を完成させ、死去する天正8年(1580年)までここを拠点とした。剃髪して「止々斎」と号した後も実権を握り続け、黒川城主の盛興と共に事実上の二頭体制を敷いた。