千葉自胤
千葉自胤
武蔵千葉氏の祖・赤塚城主
1446-1494 · 享年 48歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
赤塚城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
千葉自胤を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
赤塚城
東京都
すべて →
みんなの声
推しへの想い・おすすめ作品・豆知識を語り合おう。
ログインすると投稿できます
生涯
文安3年(1446)に生まれる。下総千葉氏の当主家に生まれたが、康正2年(1456)に古河公方方の攻勢で本拠・市川城が陥落し、兄・実胤とともに武蔵国へ逃れた。寛正4年(1468)、実胤の隠遁を受けて家督を継ぎ、赤塚城(現・板橋区)を拠点とする。扇谷上杉家宰・太田道灌の庇護を受けてその軍事行動に従い、文明8年(1476)の長尾景春の乱では江戸城の守備や江古田原の戦いに参陣。以後も千葉孝胤(下総千葉氏)との対立の中で道灌の支援を受けながら勢力を保ち、和光・大宮・足立方面にも所領を広げて武蔵千葉氏の基盤を築いた。明応2年12月6日(1494年1月13日)没。
人物像
兄の隠遁後、若くして一族存亡の危機を単独で背負い、太田道灌という有力な後ろ盾を得て着実に勢力を築いた現実主義的な武将。
歴史的意義
下総千葉氏から分かれた「武蔵千葉氏」の実質的な創始者として、赤塚城を中心に約120年続く一族の礎を築いた。赤塚城跡は現在、都立赤塚公園として整備され、23区内の中世城郭跡としては最も多くの遺構を残す。
さらに深く
家系図
本人
千葉自胤
1446-1494
兄弟
?-?
千葉実胤
市川城陥落後、共に武蔵へ逃れた。後に隠遁。
─ 完 ─
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る