文安3年(1446)に生まれる。下総千葉氏の当主家に生まれたが、康正2年(1456)に古河公方方の攻勢で本拠・市川城が陥落し、兄・実胤とともに武蔵国へ逃れた。寛正4年(1468)、実胤の隠遁を受けて家督を継ぎ、赤塚城(現・板橋区)を拠点とする。扇谷上杉家宰・太田道灌の庇護を受けてその軍事行動に従い、文明8年(1476)の長尾景春の乱では江戸城の守備や江古田原の戦いに参陣。以後も千葉孝胤(下総千葉氏)との対立の中で道灌の支援を受けながら勢力を保ち、和光・大宮・足立方面にも所領を広げて武蔵千葉氏の基盤を築いた。明応2年12月6日(1494年1月13日)没。