延暦13年(794年)下野国に生まれ、15歳で比叡山に登り最澄に師事した。838年に最後の遣唐使船で入唐し、9年6ヶ月にわたり五台山・長安で密教・天台を学んだ。帰国後は天台宗第三代座主となり、比叡山に常行三昧堂を建立して念仏と密教の融合を推進した。その旅の記録『入唐求法巡礼行記』は、マルコ・ポーロ『東方見聞録』、玄奘『大唐西域記』と並ぶ世界三大旅行記のひとつとされる。会昌の廃仏を目撃した貴重な歴史証言でもある。中尊寺・瑞巌寺・立石寺など東日本の多くの名刹を開いたとされ、死後に慈覚大師の諡号を賜った。