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文室綿麻呂
像
文室綿麻呂
志波城を徳丹城に移した征夷将軍
765-823 · 享年 58歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
徳丹城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
地
文室綿麻呂を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
徳丹城
岩手県
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生
生涯
備前守・三諸大原の子。延暦14年(795年)に出仕し、大同4年(809年)三諸朝臣、のち文室朝臣を賜った。弘仁元年(810年)の薬子の変後、陸奥出羽按察使として東北に駐在し蝦夷征討を統括。弘仁2年(811年)に征夷将軍となり26,000人規模の軍を指揮、同年末に蝦夷平定を報告して兵士配備の縮小・百姓の課税免除を上奏した。水害の危険がある志波城の移転を建議し、翌弘仁3年(812年)頃、南方約10kmの地に徳丹城を新造させた。最終的に中納言まで昇った。
人
人物像
堅実な実務官僚型の将。
義
歴史的意義
田村麻呂の後継として東北経営を完成させた。
─ 完 ─
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