一柳直末
一柳直末
黄母衣衆の一人、山中城で散った秀吉子飼いの将
1546-1590 · 享年 44歳
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生涯
美濃国厚見郡西野村(現・岐阜市西野町)出身。豊臣秀吉に早くから仕え、その武功を認められ「黄母衣衆」の一人に選ばれた。織田信長の命により大洞城(現・岐阜県関市富之保)を改修し「一柳城」と改称したと伝わり、郡上八幡城主・遠藤慶隆への備えとされた。天正18年(1590年)の小田原征伐において、山中城攻めの緒戦で討死した。
人物像
秀吉子飼いの将として若くして頭角を現した武功派で、常に最前線で戦う勇猛さで知られたが、それゆえに山中城攻めでも先陣を切り、命を落とした。
歴史的意義
直末の死を秀吉は深く悼んだと伝わる。一柳氏はその後も豊臣・徳川両政権下で大名家として存続し、伊予西条藩・播磨小野藩の藩主家となった。一柳城跡(岐阜県関市富之保)は津保城とも呼ばれ、山城の遺構が残る。
さらに深く
家系図
家系の記録は未登録です。
─ 完 ─
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