細川ガラシャの殉教——敵に渡るよりと死を選んだキリシタン武将の妻
細川忠興の正室・玉(ガラシャ)は明智光秀の娘で、関ヶ原の前夜(1600年)に石田三成方が人質として確保しようとした際、「敵の手に渡るよりは」と自害した(キリスト教の教えにより介錯を家臣に命じた)。この悲報が忠興をさらに東軍への忠義へと固め、関ヶ原後に忠興は肥後熊本藩39万石を得た。忠興は茶道(利休七哲の一人)でも知られ、文武両道の大名として評価が高い。ガラシャの殉教は日本のキリスト教史上最も有名な事例の一つで、カトリック教会では「尊者」として列聖されている。