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肥後細川庭園
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肥後細川庭園
東京都
創建
1860
種別
史跡
アクセス
東京メトロ有楽町線江戸川橋駅から徒歩10分、都電荒川線早稲田停留場から徒歩8分
東京都文京区目白台1-1-22
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基本情報
史跡
創建 1860
166年目
概要
目白台の台地から神田川沿いの低地に向かって広がる、肥後熊本藩細川家下屋敷の跡地に整備された池泉回遊式の大名庭園。幕末期に細川家の下屋敷となり、明治維新後は細川家本邸となった敷地で、目白台の高低差を巧みに活かした造園により上段から池へ向かう景観が江戸大名庭園の典型美を今に伝える。園中央の池は神田川から水を引き、対岸の松聲閣(しょうせいかく)は大正時代に細川家の学問所として建てられた木造建築で、平成28年(2016年)の大規模改修を経て庭園と一体の展示・休憩施設として公開されている。昭和35年(1960年)に東京都が買収、翌昭和36年(1961年)に新江戸川公園として開園、昭和50年(1975年)に文京区へ移管され、平成29年(2017年)に旧藩名を冠する現名称に改称された。敷地内には肥後六花(肥後菊・肥後椿・肥後山茶花・肥後朝顔・肥後芍薬・肥後花菖蒲)の植栽があり、隣接する永青文庫と併せて細…
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由緒
幕末期に肥後熊本藩細川家の下屋敷となり、明治維新後は細川家本邸。昭和35年(1960年)東京都が買収、昭和36年(1961年)新江戸川公園として開園、昭和50年(1975年)文京区に移管。平成29年(2017年)に旧藩名を冠する「肥後細川庭園」に改称。目白台の高低差を活かした池泉回遊式の大名庭園で、松聲閣(大正期建築、平成28年改修)を擁する。
細川忠興とのつながり
肥後細川家の祖・細川忠興(三斎)は戦国から江戸初期を生きた大名・茶人で、細川ガラシャの夫として知られる。幕末に移った当地の下屋敷・細川家本邸は忠興を祖とする熊本54万石の家柄の東京における拠点となり、明治以降も細川護立(永青文庫創設者)・細川護熙(のち首相)らを輩出した細川家の精神的支柱であり続けた。庭園の上段・松聲閣は大正期にその学問所として建てられ、家風の文人気質を今に伝える。

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