徳川秀忠の長男として江戸で生まれたが、母・お江と父秀忠は弟・忠長を溺愛したため、乳母の春日局が代わりに家光を養育した。1623年に三代将軍に就任し、幕府の権威確立に邁進した。1635年に武家諸法度を改定して参勤交代を制度化し、外様大名の力を削ぐ重要な政策を確立した。同年に日本人の海外渡航と帰国を全面禁止する鎖国令を発し、1639年にポルトガル船の来航を禁止して鎖国体制を完成させた。1637年の島原の乱ではキリシタン一揆を鎮圧し、キリスト教禁止を徹底した。また大名の改易・転封を積極的に行い、幕府権力の絶対化を推し進めた。「生まれながらの将軍」として徳川将軍の権威を頂点に高め、1651年に48歳で没した。