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PERSON
池田輝政
池田輝政
姫路城を築いた西国将軍
1565-1613 · 享年 48歳
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生涯
1565年、織田信長の重臣・池田恒興の次男として生まれた。1584年の小牧・長久手の戦いで父・恒興と兄・元助が戦死した後、家督を継いだ。豊臣秀吉に仕えて各地を転戦し、三河吉田・美濃岐阜などを経て、関ヶ原の戦いでは徳川東軍に属して奮戦した。徳川家康の娘・督姫(松平家忠の未亡人)を正室に迎え、家康の娘婿として西国の抑えを担った。戦後の論功行賞で播磨52万石を与えられ、姫路に本拠を構えた。1601年から9年の歳月をかけて姫路城を大改修し、現在世界遺産に登録されている白鷺城の基礎を築いた。「西国将軍」と呼ばれるほどの強大な勢力を誇ったが、1613年に49歳で病死した。
人物像
武勇と政治力を兼ね備えた優れた大名。家康の信頼を得て西国の抑えという重責を担った。姫路城の大改修に見られるように、権威と実力を示す壮大なプロジェクトを実現できる指導力を持っていた。
歴史的意義
姫路城は現在も「白鷺城」として日本を代表する城郭として知られ、1993年に世界文化遺産に登録された。池田輝政の遺産は兵庫県姫路市のシンボルとして現代も輝き続けている。
逸話・エピソード
関ヶ原の先陣——池田輝政の武功が天下分け目の戦いを決した
池田輝政は徳川家康の娘婿として東軍に参加し、関ヶ原(1600年)では東軍の重要な一翼を担った。西軍の宇喜多秀家隊と激しく戦い、その武功により戦後に播磨姫路藩52万石を得た。「西国将軍」と称されるほどの大封を得た輝政は、姫路城の大改修(1601〜09年)に着手し、今日に残る白鷺城の基本構造を作り上げた。姫路城は世界文化遺産にも登録されており、輝政の建築事業は400年後の今も人々を魅了し続けている。
ゆかりの地 — 1
姫路城
兵庫県
関ヶ原の戦いの功績で家康から播磨52万石を与えられた池田輝政が、慶長6年(1601年)から9年の歳月をかけて大改築を行い、現在に残る連立式天守群を完成させた。「西国将軍」と称された輝政の威信をかけた大工事で、日本城郭建築の最高傑作が誕生した。
─ 完 ─
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