龍岡五稜郭——西洋兵学に魅せられた藩主が築いた星形の陣屋
文久3年(1863年)、奥殿藩主・松平乗謨は本領の多くがあった信濃国佐久郡田野口への藩庁移転を幕府に願い出て許可された。西洋の軍学・築城術に強い関心を持っていた乗謨は、新たな陣屋に稜堡式(星形)の洋式城郭を採用することを決断。元治元年(1864年)に着工し、慶応3年(1867年)に完成させた。これが「龍岡城」(通称・龍岡五稜郭)で、同時期に築かれた函館の五稜郭と並び、日本に現存する数少ない西洋式星形要塞となった。石垣ではなく土塁で構築されている点が函館の五稜郭との違いである。