元亀2年(1571年)、大和国柳生郷(奈良県)に生まれた。父・石舟斎(柳生宗巌)から新陰流を学び、徳川家康・秀忠・家光の三代にわたって将軍家の剣術指南役を務めた。1603年に徳川家康の剣術指南役に就任し、大名に取り立てられて1万石を領した。将軍・家光の側近として大目付(監察官)も兼任し、諸大名の監視にあたった。剣術のみならず、禅との統合による「兵法家伝書」(1632年)を著し、剣禅一致の境地を追求した。「活人剣」(人を生かす剣)という哲学を提唱した。子・十兵衛三厳(柳生十兵衛)は伝説の剣豪として知られる。1646年に没した。享年76歳。剣術を単なる武術ではなく、精神修養として高めた思想家としての側面が特徴的である。