長沼宗政
長沼宗政
長沼氏の祖・長沼城主
1162-1240 · 享年 78歳
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長沼城(下野国)を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
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1 ヶ所
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生涯
応保2年(1162年)生まれ。下野国の有力豪族・小山政光の次男。元暦元年(1184年)、下野国芳賀郡長沼(現・栃木県真岡市長沼)に長沼城を築き、地名から長沼氏を称した。治承4年(1180年)に源頼朝に従属して以降、寿永2年(1183年)の野木宮合戦で志田義広を討ち、文治5年(1189年)の奥州合戦にも従軍するなど各地を転戦した。承久3年(1221年)の承久の乱後には戦功により摂津国守護職・淡路国守護職に補任され、淡路守護職は鎌倉時代末期まで長沼氏に相伝された。『吾妻鏡』には「荒言悪口の者」と評され、しばしば激昂する荒々しい坂東武者だったと伝わる。仁治元年(1240年)、下野長沼荘で79歳で没した。
人物像
『吾妻鏡』に「荒言悪口の者」と記されるほど気性が荒く、しばしば将軍・執権にも直言を辞さなかった坂東武者らしい人物。
歴史的意義
築いた長沼城は長沼氏歴代の本拠となり、摂津・淡路の守護職を長く一族に伝えるなど、鎌倉御家人として長沼氏の礎を築いた。
さらに深く
家系図
不詳
小山政光
小山氏の祖。下野国の有力豪族。
本人
長沼宗政
1162-1240
─ 完 ─
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