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PERSON
二階堂行政
二階堂行政
政所執事を務めた二階堂氏の祖
?-1200 · 享年 1200歳
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生涯
工藤氏の流れをくむ吏僚で、母方が源頼朝と縁を持つことから幕府に仕えた。算道・実務に通じた文官として公文所の寄人を務め、のちに政所執事として幕府の財政・文書行政を統括した。鎌倉の永福寺(二階堂)の近くに屋敷を構えたことから「二階堂」を称し、以後代々続く二階堂氏の祖となった。頼朝の死後は十三人の合議制の一員として幕政に加わった。二階堂氏はその後も政所執事を世襲し、鎌倉幕府の実務官僚として重きをなした。
人物像
数理と文書に明るい堅実な実務官僚で、表に立つよりも幕府の事務機構を支える役回りに徹した。大江広元・三善康信らと並ぶ草創期の文官の一人として、幕府行政の安定に寄与した。
歴史的意義
二階堂氏の祖として、その子孫は政所執事を世襲し、鎌倉幕府の文書・財政行政を代々支えた。鎌倉の地名「二階堂」は永福寺の二階堂に由来し、行政の家名と結びついて今に残る。実務官僚の家を興した点に行政の歴史的意義がある。
逸話・エピソード
「二階堂」の名の由来
行政は、源頼朝が奥州合戦の戦没者供養のために建立した永福寺の壮麗な二階建ての堂「二階堂」の近くに屋敷を構えた。これにちなんで「二階堂」を名乗ったのが二階堂氏の始まりである。寺院の建築が一族の家名となり、さらに鎌倉の地名として定着した稀有な例であり、永福寺跡(鎌倉市二階堂)は今も史跡として残る。
二階堂行政 年表
1180
源頼朝に近侍し、鎌倉入りに従う
1189
奥州合戦。頼朝が永福寺を建立(二階堂の由来)
1191
政所の令(事務長官)として行政実務を担当
1199
頼朝死去。十三人の合議制に参加
1227
二階堂行政、死去
ゆかりの地 — 2
─ 完 ─
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