character/[id]

PERSON
良忍
良忍
融通念仏宗の開祖
1072-1132 · 享年 60歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
延久4年(1072年)尾張国知多郡に生まれた。比叡山に登り天台声明(しょうみょう)を極め、大原に隠棲して念仏三昧の修行を積んだ。天治元年(1124年)阿弥陀如来より「一人の念仏が万人に通じ、万人の念仏が一人に融通する」という偈を感得し、融通念仏の教えを開いた。自他の念仏が互いに融け合い、すべての人の往生を助け合うという独自の思想は、華厳経の相互円融の理念に基づく。大治2年(1127年)鳥羽天皇の勅により摂津国に大念仏寺を開いた。大治7年(1132年)に没した。
人物像
天台声明の名手にして念仏行者。一人の修行が全体に及ぶという華厳的世界観を念仏に融合させた独創的思想家であり、大原の静寂の中で悟りを深めた。
歴史的意義
融通念仏宗は日本浄土教の先駆として独自の位置を占め、大念仏寺は総本山として現在も法灯を伝える。声明の大成者としても知られ、大原声明の伝統は今日のユネスコ無形文化遺産候補にもなっている。
逸話・エピソード
融通念仏宗——良忍と「一人の念仏が全員の往生を助ける」思想
良忍は1117年に融通念仏宗を開き、「一人一切人 一切人一人 一行一切行 一切行一行」(一人の念仏が一切の人の往生を助け、一切の人の念仏が一人の往生を助ける)という「融通念仏」の教えを説いた。大原来迎院(京都)を拠点に念仏の普及に努め、後鳥羽院など上皇・天皇の帰依も受けた。法然以前に念仏を民衆に広めた先駆者として浄土系仏教の発展に重要な役割を果たした。
ゆかりの地 — 1
源光寺
大阪府
天治元年(1124年)、融通念仏宗の祖・良忍上人が当時荒廃していた平生寺を中興し、念仏宗の一派を興した。良忍は比叡山で天台を学んだ後、大原に隠棲して声明(仏教音楽)を大成、続いて「一人の念仏は多くの人の念仏に通じ、多くの人の念仏は一人の念仏を成就する」という融通念仏の教えを確立した人物。晩年には摂津国で布教に努め、豊崎の源光寺を再興したことは摂津における融通念仏運動の重要な拠点となった。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U