1570年、本願寺顕如の要請を受けた孫市は雑賀鉄砲衆を率いて石山本願寺に入城した。以後10年にわたる石山合戦で、雑賀衆は織田軍に対して鉄砲の集中射撃を浴びせ続けた。特に1576年の天王寺の戦いでは、織田軍の先鋒部隊に壊滅的な打撃を与え、信長自身も負傷したと伝わる。天下統一を目指す信長をして「雑賀は日本で最も厄介な敵」と言わしめたとされる。
長篠の戦い(1575年)で信長が用いたとされる「三段撃ち」は有名だが、雑賀衆はそれ以前から独自の組織的射撃法を確立していたとされる。装填班と射撃班を分け、一斉射撃と装填を交互に行うことで途切れない弾幕を形成する戦術である。当時の火縄銃は一発撃つごとに30秒近い装填時間を要したが、この分業体制により実質的な連続射撃を可能にした。この戦術は雑賀衆が傭兵として各地の戦場で実戦経験を積む中で磨き上げたものであり、日本における組織的火器運用の先駆けとなった。
雑賀孫市は近年、ゲームやアニメを通じて若い世代に広く知られるようになった。カプコンの『戦国BASARA』シリーズでは二丁拳銃を構えるクールなガンマンとして登場し、コーエーの『信長の野望』シリーズでは鉄砲適性が最高クラスの武将として設定されている。また『仁王』などのアクションゲームにも登場し、その都度新たなファンを獲得している。歴史的には記録の少ない人物でありながら、「鉄砲の達人」「信長に抗った反骨の傭兵」というキャラクター性が現代のエンターテインメントと相性が良く、戦国武将の中でも独特の人気を誇っている。