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PERSON
雑賀孫市
雑賀孫市
紀州の鉄砲大将
1534?-1589? · 享年 55歳
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生涯
生没年不詳(1534年頃〜1589年頃とされる)。本名は鈴木重秀と伝わるが、「雑賀孫市」は雑賀衆の頭領が代々名乗った通称であり、複数の人物の事績が混同されている可能性がある。紀伊国雑賀荘(現在の和歌山市周辺)を本拠とする雑賀衆は、戦国時代最強の鉄砲傭兵集団として恐れられた。雑賀衆は一向一揆と深い結びつきを持ち、本願寺顕如の要請に応じて石山本願寺に入城。1570年から1580年にかけての石山合戦では、孫市率いる雑賀鉄砲衆が織田信長軍に対して激しい抵抗を展開した。特に1577年の雑賀攻めでは、信長が10万の大軍を率いて紀州に侵攻したにもかかわらず、雑賀衆のゲリラ戦術と鉄砲の集中運用により完全制圧には至らなかった。雑賀衆は「三段撃ち」に先んじる組織的な鉄砲運用——装填・射撃の分業による連続射撃——を独自に発展させていたとされ、これが織田軍の大軍をも退けた要因であった。石山本願寺の開城後、雑賀衆は分裂。孫市のその後については秀吉に仕えたとする説、小牧・長久手の戦いに参加したとする説など諸説あるが、確かな記録は少ない。しかし戦国最強の鉄砲集団を率い、天下人・信長を何度も苦しめたその戦歴は、日本の軍事史において特筆すべきものである。
人物像
信仰と自由を重んじる独立不羈の気風。巨大な権力にも屈せず、鉄砲という最新兵器を駆使して対抗した合理的な軍事指導者。傭兵集団の長として、金で雇われながらも本願寺への義理を通した。
歴史的意義
鉄砲を戦術的に最も効果的に運用した戦国武将として、日本の軍事史に名を残す。雑賀衆の組織的射撃術は日本における火器戦術の発展に大きく貢献した。近年はゲーム『戦国BASARA』『信長の野望』などで人気キャラクターとして描かれ、若い世代にも広く知られるようになった。
逸話・エピソード
石山合戦——信長を退けた鉄砲の雨
1570年、本願寺顕如の要請を受けた孫市は雑賀鉄砲衆を率いて石山本願寺に入城した。以後10年にわたる石山合戦で、雑賀衆は織田軍に対して鉄砲の集中射撃を浴びせ続けた。特に1576年の天王寺の戦いでは、織田軍の先鋒部隊に壊滅的な打撃を与え、信長自身も負傷したと伝わる。天下統一を目指す信長をして「雑賀は日本で最も厄介な敵」と言わしめたとされる。
三段撃ちを先取りした雑賀の射撃術
長篠の戦い(1575年)で信長が用いたとされる「三段撃ち」は有名だが、雑賀衆はそれ以前から独自の組織的射撃法を確立していたとされる。装填班と射撃班を分け、一斉射撃と装填を交互に行うことで途切れない弾幕を形成する戦術である。当時の火縄銃は一発撃つごとに30秒近い装填時間を要したが、この分業体制により実質的な連続射撃を可能にした。この戦術は雑賀衆が傭兵として各地の戦場で実戦経験を積む中で磨き上げたものであり、日本における組織的火器運用の先駆けとなった。
ゲームで蘇る孫市——現代の人気
雑賀孫市は近年、ゲームやアニメを通じて若い世代に広く知られるようになった。カプコンの『戦国BASARA』シリーズでは二丁拳銃を構えるクールなガンマンとして登場し、コーエーの『信長の野望』シリーズでは鉄砲適性が最高クラスの武将として設定されている。また『仁王』などのアクションゲームにも登場し、その都度新たなファンを獲得している。歴史的には記録の少ない人物でありながら、「鉄砲の達人」「信長に抗った反骨の傭兵」というキャラクター性が現代のエンターテインメントと相性が良く、戦国武将の中でも独特の人気を誇っている。
名言
「刀槍の時代は終わる。これからは火薬と鉛玉が天下を決する」
「一発の弾丸が、百人の武者の突撃を止める。これが鉄砲の理なり」
「雑賀の鉄砲は金で雇われるが、魂までは売らぬ」
「石山が落ちれば、仏法も落ちる。雑賀の鉄砲は本願寺と運命を共にす」
ゆかりの地 — 3
大坂城
大阪府
天正4年(1576年)から天正8年(1580年)にかけて、雑賀孫市(鈴木孫一)率いる雑賀衆は、織田信長に抵抗する石山本願寺を支援し、大坂の地で壮絶な籠城戦を展開した。雑賀衆は当時最先端の鉄砲集団として知られ、その精確な射撃で信長軍を苦しめた。大坂城はこの石山本願寺の跡地に築かれており、孫市ら雑賀衆の奮戦はこの地の戦国史における重要な一幕である。
石山本願寺跡
大阪府
元亀元年(1570年)から天正8年(1580年)の石山合戦において、雑賀孫市率いる雑賀衆は石山本願寺の主力防衛戦力として10年にわたり織田信長軍と戦った。雑賀衆は当時世界最先端の鉄砲集団であり、その精確な射撃と集団運用の戦術は信長軍に甚大な損害を与えた。特に天王寺砦の戦いでは信長自身が足を負傷するほどの奮戦を見せ、本願寺が10年も持ちこたえた最大の要因となった。「雑賀の鉄砲なくして石山合戦なし」と評される。
雑賀城跡(太田城水攻め跡)
和歌山県
雑賀孫市は紀伊国雑賀荘を拠点とする鉄砲傭兵集団・雑賀衆の頭領。石山本願寺合戦では織田信長に対して鉄砲隊を率いて抵抗し、信長軍を大いに苦しめた。「鉄砲の名手」として戦国時代随一の射撃技術を誇り、その名は全国に轟いた。
この人物のクイズ
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