島津豊久
島津豊久
佐土原城主・関ヶ原に散った若き猛将
1570-1600 · 享年 30歳
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生涯
元亀元年(1570年)、島津家久の子として生まれた。島津義弘の甥にあたる。天正16年(1588年)、佐土原城主となった。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは叔父・義弘に従って西軍として参陣。西軍敗北が決すると、義弘率いる島津勢はわずかな手勢で敵中を突破する「島津の退き口」を敢行し、豊久は義弘を逃がすための殿軍を務めた。井伊直政・松平忠吉らの追撃を受ける中、豊久は身代わりとなって奮戦し、討死したと伝わる。享年31。その犠牲的な奮戦により義弘は薩摩への帰還を果たした。
人物像
叔父・義弘への忠義から自らを犠牲にして殿軍を務めた勇猛果敢な若武者。関ヶ原という絶望的な戦況下でも冷静に殿の役目を全うした胆力の持ち主。
歴史的意義
「島津の退き口」における豊久の犠牲的な奮戦は、島津家の武勇を象徴する逸話として今に語り継がれている。居城・佐土原城跡は宮崎市の史跡として整備されている。
さらに深く
家系図
家系の記録は未登録です。
─ 完 ─
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