徳川譜代の重臣・鳥居元忠の次男として三河国に生まれる。慶長5年(1600年)、父・元忠が関ヶ原の前哨戦・伏見城の戦いで討死したため家督を継ぐ。関ヶ原後、父の戦功により陸奥国南東部4郡10万石を与えられ、それまで岩城氏の居城であった大館城(飯野平城)に入部。地名を「岩城」から「磐城平」に改め、慶長8年(1603年)に着工、12年の歳月をかけて元和元年(1615年)に梯郭式平城・磐城平城を完成させた。元和8年(1622年)、最上氏改易後の出羽国山形22万石に加増移封され、山形藩初代藩主となった。徳川氏譜代大名として東北諸大名の監視役を担い、寛永5年(1628年)に山形で没した。